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大阪地方裁判所 昭和58年(レ)24号 判決 1985年1月25日

控訴人

木下サツエ

松本永三

松本敏子

右訴訟代理人

奥野寛

被控訴人

橋本大治郎

右訴訟代理人

主文

一  本件訴訟は昭和五八年七月五日の和解成立により終了した。

二  控訴人らの昭和五九年三月一四日付書面による口頭弁論期日指定申立以後の訴訟費用は、控訴人らの負担とする。

事実<省略>

理由

一本件弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件訴訟において、被控訴人は、本件建物について所有権を有するとして、本件建物に居住して占有していた控訴人らに対し、本件建物の明渡しと賃料相当損害金の支払を求め、これに対し、控訴人らは、本件建物について、所有権、共有持分権に基づく占有権限、使用貸借権を有するとして、争つた。

第一審は、昭和五八年一月一八日に、被控訴人の請求を全部認容する旨の判決を言渡したが、控訴人は、右判決を不服として、昭和五八年二月二日、大阪地方裁判所に控訴の申立をした。

(二)  当裁判所は、昭和五八年四月二二日の第一回口頭弁論期日において、当事者双方に和解を勧告し、昭和五八年七月五日の和解期日において、控訴人木下サツエ、同松本敏子、控訴人ら代理人A(以下「A弁護士」という。)、被控訴人、被控訴人代理人B(以下「B弁護士」という。)が各出頭し、右当事者間に別紙記載の本件和解が成立した。

二そこで、本件和解について、控訴人ら主張の錯誤による無効を認めうるか否かについて検討する。

(一)  <証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。

本件訴訟は、控訴審において、六回の和解期日が開かれたが、いずれも第一審判決をふまえ、控訴人らが本件建物を明渡すことを前提に和解が進められた。そのため、控訴人らは、本件建物を明渡すについて、当時、荒木から賃借していた本件畑地に建物を新築して、転居できれば望ましいと考えた。そこで、控訴人木下サツエ及びA弁護士は、荒木に、右控訴人らの希望を申し出たところ、荒木は、右申出に協力をするが、その前提として、当初木下ヨシエが本件畑地を賃借していたことから、被控訴人を含む木下ヨシエの相続人らによる本件畑地の賃借権の放棄が必要である旨述べた。その後、控訴人木下サツエ、A弁護士は、B弁護士の協力を得て、木下ヨシエの相続人らから、本件畑地の賃借権を放棄する旨の念書を得ることができた。控訴人木下サツエ及びA弁護士は、荒木との間で、本件畑地に建物を新築するについて、更に、詳細な話合いも、その旨の契約の締結もしないまま、本件畑地に建物を新築し、そこへ転居することを前提に、本件建物の明渡猶予期間、立退料の額を検討した上、昭和五八年七月五日の本件和解期日に臨んだ。被控訴人は、本件建物の早期明渡を強く求め、同日の本件和解期日の機会を逸すると、和解が成立しない可能性が強かつたが、被控訴人において、本件建物の明渡猶予期間と立退料の支払の点で譲歩したことから、別紙記載の内容の本件和解が成立した。

荒木は、本件和解成立後に、本件畑地上に控訴人らが建物を新築することを承諾することはできないが、その代わりに、同人の所有する連棟式長屋一戸を敷地付で控訴人らに贈与する旨の申し出をした。控訴人らは、右長屋に居住することを検討し、A弁護士からも、荒木の右申し出を受けるように説得を受けたが、面積が狭く、本件建物から離れていることを理由に右申し出を拒絶した。それ以後、控訴人らは、A弁護士に対し、何の連絡もしないまま、明渡期日を経過し、現在に至つている。

(二) 以上の事実及び前記認定事実を総合すれば、控訴人らが、本件建物を明渡すに際し、付近の望ましい代替家屋として、荒木所有の本件畑地に建物を新築して、そこに転居できることが、本件建物の明渡を認めた本件和解の成立を促す一事情としての動機となつており、その点に関して、控訴人らに錯誤が存したことは否定できない。しかしながら、本件訴訟及び和解の経過からみても、又本件建物の明渡を認めた和解条項に右動機が記載されていないことからみても、本件和解において、控訴人らの右動機が表示され、被控訴人がこれを知つていたからといつて、右動機は、控訴人らが、代替家屋に転居できた場合に限つて本件建物を明渡すとか、代替家屋に転居できなければ、本件建物の明渡をしないといつた内容にまでなつていたものとは認めがたく、本件建物の明渡を認めた本件和解の要素となるものではないと解するのが相当である。してみれば、右動機の点に錯誤があつたからといつて、本件建物の明渡を認めた本件和解が要素の錯誤により無効となるものとすることはできないといわなければならない。

三そうすると、本件和解は、控訴人、被控訴人間の合意により有効に成立しており、本件訴訟は、本件和解によつて終了したものというべきである。してみれば控訴人らの前記期日指定の申立は理由がない。<以下、省略>

(福永政彦 森宏司 神山隆一)

和解条項

(1) 控訴人らは、被控訴人に対し、左記建物(以下「本件建物」という。)を権原なく占有していることを認める。

岸和田市荒木町二八一番地の二家屋番号四一番

木造瓦葺平家建居宅

床面積65.91平方メートル

(2) 被控訴人は、控訴人らに対し、本件建物の明渡しを、昭和五八年一二月一五日まで猶予する。

(3) 控訴人らは、被控訴人に対し、前項の期日限り本件建物を明渡す。

(4) 被控訴人は、控訴人らに対し、解決金として金一〇万円の支払義務あることを認め、これを前項の本件建物の明渡しと引き換えに、控訴人ら訴訟代理人事務所に持参又は送金して支払う。

(5) 控訴人らは、本件建物を明渡したときは、本件建物内に残置した動産については、その所有権を放棄し、被控訴人が自由処分することに異議がない。

(6) 控訴人らが本件建物の明渡しを遅滞したときは、被控訴人に対し、連帯して昭和五八年一二月一六日から明渡しに至るまで一月につき金二一六六円の割合による使用損害金を支払う。

(7) 被控訴人は、その余の請求を放棄する。

(8) 控訴人らと被控訴人は、本和解条項に定める他何らの債権債務のないことを相互に確認する。

(9) 訴訟費用は、一審二審を通じ各自の負担とする。

物件目録

(一) 岸和田市荒木町二八一番地の二家屋番号四一番

木造瓦葺平家建居宅 一棟

床面積 65.91平方メートル

(二) 岸和田市荒木町一丁目二七八番田(現況一部宅地、一部畑地)一三五平方メートル

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